Snapdragonの誕生からマンネリ化まで
Qualcommがライセンスビジネスからチップメーカーに転換し、急成長する原動力となったSnapdragonシリーズの製品ラインナップを時系列で整理した。Snapdragonの頂点はS4。それ以降は惰性。異論は認める。
目次
「Gobi」ブランドの歴史
「Gobi」はクアルコムが発表した携帯通信モデムのブランド名。名前の由来はおそらくゴビ砂漠。へんぴな場所でもネットにつながることをアピールしたかったのかも。Gobiの最初のターゲットはパソコン向けでWiMAXと対抗していたようだし。
2007年、最初のGobiブランドのモデムチップ「MDM1000」をノートパソコンの組み込み用として発表した。MDM1000はPCメーカーのHP(ヒューレット・パッカード)、通信キャリアのVodafoneとVerisonとコラボしていた。ちなみに初代iPhoneが米国で発売されたのも2007年。そーいう時代のお話。MDM1000の頃からGPS機能も内蔵している。
2009年、性能アップした第2世代のGobiチップ「MDM2000」を発表。相変わらずターゲットはノートパソコン。
MDMシリーズは順当に進化していく。2015年、モデム内蔵SoC「Snapdragon」ブランドのほうがメジャーになったことからMDMシリーズもSnapdragonの名称に統合すると発表。Gobiはスマートフォン以外のニッチな用途の製品群でほそぼそと使われるようになった。
「Snapdragon」の歴史
スマホ向けチップセットの定番ブランドSnapdragon。第4世代まではS1~S4のSシリーズ、第5世代移行は200/400/600/800の数字3桁シリーズで展開されている。
Snapdragon S1
2007年、最初のモデム内蔵SoC MSM7225をリリース。CPUはコアがARM11、クロックが528MHzとごく普通のスペックだった。
2008年、独自IPコアScorpionを採用した1GHz CPUのハイスペックSoC QSD8250をリリース。競合他社を突き放す高性能プロセッサを他社に先駆けて実現し、大ヒット。これ以降、他社が真似できないモデム統合とハイスペックなCPUを1チップで提供できるQualcommの無双状態が続くことになる。
ARM11の初期製品を例外とすると、S1世代は業界標準のCortex-A8とA9の中間的な性能の独自コアScorpionを採用した65nmプロセスの製品となる。以下がそのラインナップ。
- MSM7225
- MSM7225A
- MSM7227
- MSM7227A
- MSM7625
- MSM7625A
- MSM7627
- MSM7627A
- QSD8250
- QSD8650
Snapdragon S2
Snapdragon S1をベースに45nmプロセスに進化した第二世代 Snapdragon S2を2010年からリリース。
S2世代からモデムを内蔵しないSoC「APQ8055」が2011年ごろにリリースされた。おそらくLTE対応モデムの開発が大変なのでSoCとモデムを別チップにしたのだと推測。実際、APQ8055はMDM9200と組み合わせた採用例が多い。
S2の製品群は以下。
- APQ8055
- MSM7230
- MSM7630
- MSM8255
- MSM8655
Qualcommインタビュー:LTE対応からクアッドコア、発熱問題まで――Snapdragonの“今と未来”を聞く (1/3) - ITmedia Mobile
初期のLTEネットワーク開発においては、いろいろな問題が起きたので、それに対応するために(LTEモデムの)MDM9200などを早期に用意する必要がありました」と須永氏は苦労を話す。 ...
Snapdragon S3
2011年にはS2からCPUをデュアルコアにした第3世代 Snapdragon S3をリリース。スマホもマルチコア時代に。2011年あたりからめまぐるしいスピードで端末もチップセットも進化していく。
S3の製品群は以下。
- APQ8060
- MSM8260
- MSM8660
Snapdragon S4
2012年には設計を刷新した第4世代 Snapdragon S4をリリース。CPUコアはScorpionからKraitに進化した。KraitはARM Cortex A15に相当するクアルコムの独自IPコア。独自コアの開発で競合他社よりいち早く高性能CPUを実現し、さらに消費電力性能を最適化するというScorpion vs Cortex A9のときと同じ戦術だ。
製造プロセスはScorpionの45nmからKraitは28nmプロセスへと微細化した。CPUのコア数はデュアルとクアッドの2種類を展開。
2012年当時、製造元(ファウンダリ)のTSMC 28nmプロセスは収率が悪く、Snapdragon S4は供給不足に陥った。AppleやSamsungなどグローバル展開する大口顧客が優先され、シャープやソニーなどドメスティックな日本メーカーが割りを食う羽目となった。
供給不足問題は国産ベースバンドチップ「さくらチップ」の開発を後押ししたが、圧倒的な技術力でリードするQualcommに太刀打ちできず、さくらチップを唯一採用していた富士通も2013年夏モデルからQualcommのベースバンドチップに切り替えた。
2012年以降、LTEにいち早く対応したクアルコムがモデム、SoCともに一人勝ち状態となる。スマートフォンメーカーにとっては「背に腹は変えられない」状況。Snapdragonを代替する製品がないので値段が高くても供給不足でも使わざるを得ない。
Snapdragon S4の供給不足問題に対し、QualcommはUMCやSamsungにも製造委託をしたという報道もあった。
S4では用途別に4つのサブブランドを設定した。
- S4 Prime スマートテレビ向け
- MPQ8064 クアッドコア。モデムなし、WiFiありの変化球
- S4 Plus タブレット向け
- APQ8060A クアッドコア
- MSM8227
- MSM8260A
- MSM8627
- MSM8660A
- MSM8927
- MSM8960 供給不足の代名詞となるLTE対応の馬鹿売れチップ。
- S4 Pro スマホ向け
- APQ8063
- MSM8960T
- S4 Play 廉価スマホ向け。KraitではなくCortex A5のデュアルコア。
- MSM8225
- MSM8625
国産モデムチップの失敗
すこし脱線するが、LTEスタート直後の2010年~2012年あたりはスマホで出遅れた日本勢が最後のワン・チャンスを本気で狙っていた時代。NTTドコモ、富士通、NEC、パナソニックが共同開発したSAKURAチップ、そして第2世代のCOSMOSをリリースしたが、富士通のスマホで無理やり採用させたのが関の山。富士通のスマホは日本国内ではそこそこ売れていたが、グローバルで戦えるレベルではなかった。機能全部入りを押し出していたが、熱暴走やバッテリー消費など深刻な不具合をかかえ、「アアアッ」と情弱端末のレッテルを貼られていた。結局、Qualcommに太刀打ちできず、NTTドコモ・富士通・NECが出資したアクセスネットワークテクノロジ社は2014年に解散した。
SAKURAチップがなぜ失敗したのだろうか。仮説。Qualcommのモデム統合SoCのコスパが圧倒的に優れていた。ゆえにSoCが強いnVidiaと組んでハイエンドモデルを狙ったが、Androidをサクサク動かせるほどの性能は難しく、発熱問題を超えられなかった。一方、iOSでサクサク感を演出したiPhoneがバカ売れ。
この仮説が正しいとすると国産モデムチップ量産プロジェクトは難易度が高すぎる無理ゲー。ビジネス的に成功させるにはアップルやサムスンなどグローバルメーカーに赤字覚悟でも売り込むことが生命線だが、親会社の富士通やNECの圧力があるから国内重視でしか動けない。といって富士通やNECもクソ端末ばかり出すわけにはいかないので、コスパでQualcommを使うようになる。10年は赤字をぶりぶり垂れ流す覚悟でないとクアルコムに対抗できる技術レベルまで育て上げるのは難しいはず。赤字垂れ流してようやく離陸機に差し掛かってきたのが中国のファーウェイ。
フィーチャーフォンも:「ハイスペック」+「使いやすさ」から生まれた“最強”のARROWSシリーズ (2/2) - ITmedia PC USER
アクセスネットワークテクノロジ設立以前にドコモと富士通、NEC、パナソニックが共同開発した“SAKURA”チップ(通称)は、国産チップとして初めてLTEに対応した製品だが、3G/2Gをサポートしておら ...
第5世代 x00シリーズ
2013年に第5世代のSnapdragon 200/400/600/800シリーズをリリースする。Snapdragonはスマートフォンやタブレット以外でも採用が広がったため、幅広いラインナップをカバーするためにSシリーズでの展開をやめたという。基本設計はKrait 28nmプロセスを踏襲。
新しいラインナップは以下。
- Snapdragon 800 ハイエンド向け。Krait クアッドコア 2.3GHz
- APQ8074
- MSM8274
- MSM8274AB
- MSM8674
- MSM8674AB
- MSM8974
- MSM8974AB
- Snapdragon 600 メインストリーム。Krait クアッドコア 1.5GHz
- APQ8064T
- APQ8064M
- Snapdragon 400 ミドルレンジ向け。Krait デュアルコアもしくはCortex A7クアッドコア。
- APQ8028
- APQ8030AB
- MSM8226
- MSM8226AA
- MSM8228
- MSM8230
- MSM8230AA
- MSM8230AB
- MSM8626
- MSM8626AA
- MSM8628
- MSM8630
- MSM8630AA
- MSM8630AB
- MSM8926
- MSM8926AA
- MSM8928
- MSM8930
- MSM8930AA
- MSM8930AB
- Snapdragon 200 廉価モデル。Cortex A7もしくはCortex A5のデュアル/クアッドコア。
- MSM8110
- MSM8112
- MSM8210
- MSM8212
- MSM8225Q
- MSM8610
- MSM8612
- MSM8625Q
第6世代 x10シリーズ
2014年、第6世代にあたるSnapdragon x20シリーズをリリースした。上位モデルのCPUアーキテクチャはARM cortex A57 + cortex A53 8コアを採用。のちにKyroと発表されるクアルコム独自IPコアは翌年以降になると発表された。Scorpion, Kraitなど独自アーキテクチャで先行してきたが、64bit対応は時間がかかってしまったのだろうか。
第6世代のフラグシップとなるSnapdragon 810だったが、発熱問題で評判にミソがつくことになる。発熱の原因はTSMCの20nmプロセスに問題があったという説が根強い。プロセス微細化を焦るあまり、熱問題を解決できなかったとかなんとか。
ユーザー目線でも、ソニーのXperia Z4とサムスンのGalaxy s6の比較レビュー等で発熱しやすいことを指摘されている。サムスン製SoC「Exynos 7420」はSnapdragon 810と同じCortex A57/A53のオクタコア、製造プロセスがSnapdragon 810がTSMC 20nm、Exynos 7420がサムスン 14nm FinFETだったこともプロセス起因説を根強くさせている。Xperia Z4がMSM8994(Snapdragon 810)の1チップに集積した機能をGalaxy S6ではSoC:Exynos 7420、モデム:Shannon 333と2チップに分散していることも発熱上かなり有利になるで、Apple to Appleの比較にならないが。
第5世代から引き続きTSMCは微細プロセスを見切り発車すると悪評がつき、クアルコムにしてもSnapdragonは発熱しやすい出来損ないというネガティブイメージがついてしまった世代となった。
Snapdragon 810発表時はARMの第2世代「big.LITTLE」というヘテロジニアス・マルチコアを採用し、画期的な省電力性能を実現すると言われていた。ソフトの作り込みが間に合わなかったのだろうか。
ラインナップは以下。
- Snapdragon 810 フラグシップ
- MSM8994 cortex A57 + cortex A53のオクタコア
- Snapdragon 610/615/616/617 メインストリーム
- MSM8936 cortex A53 クアッドコア 1.7GHz
- MSM8939 cortex A53のみで無理やりオクタコア
- MSM8952 同じくオクタコア
- Snapdragon 410/412/415 ミドルレンジ
- MSM8916 cortex A53 クアッドコア 1.2GHz
- MSM8929 cortex A53 オクタコア
- Snapdragon 210/212 ローエンド
- MSM8909 cortex-A7 クアッドコア
Qualcomm Announces “The Ultimate Connected Computing” Next- Generation Snapdragon 810 and 808 Processors | Qualcomm
its own next-generation custom 64-bit CPU microarchitecture, with more details expected to be shared ...
64bitの独自IPコアも開発中と表明していた。
第7世代 x20シリーズ
2015年、第7世代のフラグシップ Snapdragon 820をリリースした。CPUアーキテクチャは独自IPコア「Kryo」を採用。コア数は8コアから4コアに減ったが、ベンチマーク性能・発熱ともにSnapdragon 810より改善しているという。
製造プロセスは14nm LPEと呼ばれるサムスンの第二世代 14nm FinFET。微細プロセス競争でサムスンがTSMCを抜き去ったという点も特筆に値する。
さらにローエンド向けのSnapdragon 425は中国 SMIC社の28nmプロセスだと発表された。中国 SMIC社は台湾のTSMCより明らかに微細化で遅れているが、Snapdragonの製造受託で28nmプロセスを成熟させる機会を得た。
QualcommがSMICに製造受託した理由は中国政府への歩み寄りだと推測されている。Qualcommは中国政府(NDRC)から独占禁止法に違反したとして、2015年2月に9億2500万ドルの罰金支払いとライセンス料の引き下げを命じられていた。
LTEモデムと高性能アプリケーションプロセッサでスマホ向けSoCを長らく独占してきたが、第7世代あたりからその地位は揺らぎつつある。サムスンのExynos、MediatekのHelio、Hisilicon(華為)のKirin等、競合各社もSnapdragon同等の通信モデムとプロセッサ性能が提供できるようになってきたからだ。
ラインナップは以下。
- Snapdragon 820/821/823 フラグシップ
- MSM8996 Kyro クアッドコア
- Snapdragon 620/650/652/653
- MSM8976 Cortex A72 + A53 オクタコア
- Snapdragon 425/427
- MSM8917 Cortex A53 クアッドコア
SMIC Commences Successful Mass Production of Qualcomm(R) Snapdragon(TM) 425 Processor in Beijing
Snapdragon425の製造元は中国SMIC
第8世代 x30シリーズ
第8世代のSnapdragon 830(SM8998)はKyro オクタコア、サムスンの10nm FinFET、Apple/TSMCに負けじとサムスンも独自のFoWLP(fan-out WLP)を開発中という噂だ。クアルコムからの正式発表はまだない。
Samsung Releases New Technology To Compete With TSMC Chip Orders From Apple
中国メディアによるとサムスンもFoWLP開発したというニュース
名前の由来
クアルコムの名前の由来をご紹介。豆知識な。
- 社名
- Qualcomm:クアルコム。Quality Communicationsからの造語。
- ブランド
- Gobi:ゴビ砂漠か。へんぴな場所でもつながるイメージ。
- Snapdragon:スナップドラゴン。Snap+Dragonという音の響きが早くて劇的なイメージから。Snapdragon自体は金魚草のこと。
- CPUアーキテクチャ
- Scorpion:スコーピオン。サソリのこと。
- Krait:クライト。アマガサヘビのこと。
- Kryo:クライオ。造語か?
- 製品名
- MDM:Mobile Data Modem。アプリケーションプロセッサを搭載しないモデムチップのシリーズ。
- MSM:Mobile Station Modem。モデムとアプリケーションプロセッサの統合チップのシリーズ。
- APQ:Application Processor Qualcomm。モデムなし、アプリケーションプロセッサのみのシリーズ。
- QSD:Qualcomm SnapDragon SoCs。Scorpionコアの高性能プロセッサを統合したシリーズだが、S2以降はMSMに統一された。
- MPQ:Multimedia Processor Qualcommか?かなりマイナーなスマートテレビ向けSoCのシリーズ。