Snapdragonを分析して浮かび上がったQualcommの生き残り戦略
CES2017にあわせて発表されたSnapdragon 835では主役のSoCばかりが注目されがちだが、脇役のコンパニオンチップを注視すると興味深いQualcommの製品戦略が浮き上がってくる。
世界各国で相次ぐ独占禁止法違反の訴訟、そしてファーウェイのKirin・MediatekのHelio・サムスンのExynos・iPhone7でモデム参入したIntel等、競合がLTEモデム内蔵SoCにキャッチアップした2017年において、Snapdragonの独占的地位が崩壊することを避けられないだろう。むしろCDMA知財戦略の一本槍でここまで成功できたことが奇跡的。
Qualcommが車載とIoTを新たな収益源として狙っていることは明らかだが、レッドオーシャン化するスマホ市場でも非常にスマートなポジショニング戦略を展開している。
CDMAライセンス以外のQualcomm最大の強みは機能集積度が高いSnapdragon SoC。それを活かしてハイエンド端末に強いスマホメーカーを戦略顧客とする生き残り戦略を取っているとみた。典型例はソニー。
ではソニーのシェアを堅守するのに必要なことは何か?答えはハイレゾ・オーディオとミドルレンジモデルも同一プラットフォームでカバーできるラインナップだ。
以下、分析と謎解き。
目次
製品ラインナップ
Qualcommはスマホ市場の牽引役として、すさまじい勢いで企業買収を続け、SoCに機能統合を進めてきた。
看板商品のSnapdragon MSMシリーズは全部入りの最強SoCに進化した一方で、Snapdragonチップセットはラインナップが非常に分かりづらくなっている。
Qualcommが目指す製品戦略を探るべく、Snapdragonチップセットのラインナップを機能軸で整理してみた。
オーディオ
オーディオ機能軸で整理するとQualcommが展開する製品群はスマホ向けSnapdragon、ヘッドホン向け CSR8xxx、スピーカー向けアンプ「DDFA」の3つに分類できる。
デザインやスペックが横並びになり、機能成熟してきたスマホ市場ではカメラ機能と並ぶ勢いでオーディオ機能が差別化要素となってきている。そうした市場トレンドを敏感に察知し、Qualcommは2014年ごろからコンパニオンチップ(オーディオDAC)の音質強化に取り組んでいることが分かる。
各製品群の詳細は以下。
- SnapdragonチップセットのWCD audio codec
- Snapdragon 820以降はaqsticブランドを打ち出し音質強化。830世代の最新チップはWCD9335。
- AptXやSmart-PAなど有力技術を集約している
- スマホ向けSoC MSMの主要コンパニオンチップのひとつ
- ハイレゾブームで専用DAC採用するスマホが増えてきたことに敏感に反応
- 抱き合わせ販売が独禁法違反だと公取委から批判されていることも、コンパニオンチップの性能強化につながっていると邪推
- BluetoothオーディオSoC CSR8xxxシリーズ
- 買収したCSR社が元々開発していたラインナップ。最新チップはCSR8675。
- Snapdragonとの組み合せは想定されていない。スマホとつながるBluetoothヘッドフォンやワイヤレススピーカー向け。
- 2014年に環境雑音キャンセリング(Ambient Noise Cancellation、ANC)機能を追加
- 2016年にフィードフォワード方式(feed-forward)のアクティブ・ノイズキャンセル(ANC、Active Noise Cancelling)も対応したと発表
- デジタルアンプ「DDFA」
- CSR社が元々開発していたオーディオアンプ向けチップ。
- デノンが採用して話題になった。
- もはやスマホとまったく関係がないが、一緒に紹介される記事が多い
- オーディオにも強いイメージをつくるための客寄せパンダか?
ワイヤレス
ワイヤレス機能軸で整理するとSnapdragon製品群はSoC内蔵モデム、外付モデム、WiFI/Bluetoothチップ、WiFi専用チップの4シリーズに分類できる。
CDMA特許収入から半導体ビジネスという新たな収益源を確立したQualcommは、スマホや家電の多種多少なニーズを網羅的にカバーするため、ワイヤレス製品は機能別に幅広く展開していることが分かる。
各製品群の詳細は以下。
- スマホSoC Snapdragon MSMシリーズの内蔵モデム
- すべて1チップに収まるのでコスパがよい
- プロセッサとモデムが同棲するので熱問題が起きがち
- 外付モデム Snapdragon MDMシリーズ
- かつてはGobiブランドとして展開されていた。2015年にSnapdragonブランドに統一された。ある意味、分かりづらくなったのでブランディング上は微妙な判断だと思う。
- 独自SoCにこだわるiPhoneで使っているモデムとして有名
- モデム非搭載のSnapdragon APQシリーズとの組み合せ例も
- おなじくモデム非搭載の車載向けSoC Snapdragon 820AmもMDMと組み合わせるはず
- SnapdragonのSoCが嫌い、モデムは必ずしも要らないなど、MSMシリーズでは拾いきれないニーズにも対応するためのSnapdragonの助っ人的存在。
- WiFi/Bluetoothチップ WCNシリーズ
- 3G通信不要のWiFi専用デバイス向け。 - 2017年1月、Snapdragon 835のコンパニオンチップとして最新チップ「WCN3990」が発表された。
- Qualcommお得意のCDMA特許と抱き合わせ販売できないため、WiFiチップ市場では苦戦していた。2011年、WiFi市場でブロードコム(Broadcom)に次いで世界2位のアセロス(Atheros)を買収する力技で市場シェアを拡大した。
- 2006年に買収したAirgo NetworksのWiFi技術がベース
- WiFi専用タブレットやスマートテレビのような、MDMシリーズでも拾いきれないマニアックな領域をカバーするSnapdragonファミリーのレアキャラ。
- WiFi専用チップ QCA9xxxシリーズ
- Bluetoothを内蔵しない尖った製品
- 最新のWiFi規格 IEEE 802.11adに対応した「QCA9500」がSnapdragon 820/835のオプションチップとして紹介された。
クアルコム、アセロスの買収を正式発表 - 半導体業界の「イス取りゲーム」が加速 - WirelessWire News(ワイヤレスワイヤーニュース)
アセロス買収の解説記事
Qualcomm 802.11ad Products to Lead the Way for Multi-band Wi-Fi Ecosystem | Qualcomm
QCA9500発表
Qualcomm Atheros - WikiDevi
Qualcomm Atherosのワイヤレス製品群
M&Aで技術力強化
「パンがなければ買えばいいのに」と言わんばかりに、周辺技術は企業買収で手に入れるのがQualcomm流。
進化の早いエレクトロニクス業界において、成長戦略としてM&Aはとても有効。成功例としてスマホの周辺技術であるオーディオ機能の例を紹介する。
CSR社のaptX
英 CSR社はBluetoothでハイレゾ音源を飛ばす技術「aptX」を持つ半導体メーカー。
**2014年10月にQualcommはCSRを買収し、SnapdragonチップセットにaptXコーデックを取り込んだ。
ココがすごいよ、aptX
標準的なBluetoothではSBC(SubBand Codec)というコーデックがデフォルトになっており、mp3のように圧縮するので音質が劣化してしまう。そのためハイレゾ音源を高音質で飛ばすには特別なコーデックが必要となる。
Bluetooth規格で認められているCODECはデフォルトのSBCの他はAppleが採用しているAAC(Advanced Audio Coding)、ソニー独自のLDAC、CSR独自のaptXの3方式のみ。
NXP社のSmart-PA
Snapdragon 820では「Aqstic Smart-PA(Power Amplifier)」と呼ばれる高音質化技術が導入された。
Smart-PAはNXPの独自技術の可能性あり。QualcommはNXPの買収を2016年10月に発表したが、Smart-PAを搭載したCODECを2016年6月にすでに発表している。この辺は謎。
Qualcomm Aqstic sets a new standard for audiophiles | Qualcomm
2016年6月にSmart-PAの内蔵をコメント
ここがすごいよ、Smart-PA
Smart-PAとはスマホの内蔵スピーカーに大電流を流して、音量をブーストさせる技術。スピーカーが焼損しないように電流を監視しているところがミソ。
Smart Power Amplifier|NXP
NXPのスマートパワーアンプの紹介
Aqstic CODEC採用例:HTC 10
昨今、音質を売りにしたスマホは専用DACを採用することが多かったが、Snapdragonチップセットで高音質をうたう製品も登場。
HTC 10はSnapdragon820の標準CODECのくせにハイレゾアピールする小生意気な機種。なんちゃってハイレゾと思いきや、これが意外と高評価。
au 2016夏モデルとして日本で発売されたこともあり口コミレビューも多いが、音質は定評を得ている模様。
何を隠そう筆者もしばらく使ったことがあるが、内蔵スピーカーの音がめちゃくちゃ綺麗。下手なBluetoothスピーカーより音量・音質ともに良いという逆転現象が起きた。
HTC 10のオーディオ関連のスペックは以下。
- 専用DACも検討したがコストがかかるので却下した
- Snapdragon 820チップセットのCODEC「WCD9335」を採用
- Qualcomm Aqsticブランドのaudio codec
- AptX HD、Smart-PAに対応
- THD+N:–105dB(実測)を達成
Behind the scenes with Qualcomm Aqstic and aptX audio tech | Qualcomm
THD+Nの実測結果あり
HTCが“10点満点”と謳うスマホ「HTC 10」、その魅力を玉野社長に聞く (2) カメラとオーディオに自信アリ | マイナビニュース
オーディオについては、以前DACを載せようという話があったのですが、重さやコスト面から諦めていました。今回、Qualcommのチップ上にDACを作り込んであります。 …
HTC日本の社長コメント
ANC採用例:フジコンのヘッドホン
Qualcommのプレスリリースによれば、台湾のOEMメーカー フジコン(Fujikon Industrial、富士高実業)がCSR8675を搭載したワイヤレスヘッドホンを作成し、–23dBのノイズキャンセリング性能を実現したそうな。
–23dBという性能の測定条件は不明。あまり売る気はなさそうだが、しょせんCSR8675は亜流。
SnapdragonシリーズにANC機能が搭載される日も近い?
<CES>クアルコム、BluetoothとNC機能を統合したイヤホン/ヘッドホン向けSoC - Phile-web
CES2017でANC機能を発表