これは酷い…Qualcommが要求するライセンス契約の実態
QualcommのCDMAライセンスは高額で一方的な条件だと悪評が高い。しかし具体的な契約内容は明らかにされておらず、ニュース記事でも曖昧な表現ばかり。
しかし2009年の韓国と日本の公正取引委員会による調査報告以降、すこしづつ漏れ伝わるようになってきた。
そこで発表資料等の情報を分析し、QualcommのCDMAライセンス契約のスキームをまとめてみた。
ただし、現在はもっとマイルドに緩和されている可能性があることもお忘れなく。要求内容の骨子は変わらないはずだが、Qualcommはメーカー各社と個別に締結していること、そして近年は各国で独禁法違反の指摘が相次いでいるためである。
目次
部品(半導体)と完成品(携帯端末)で2重課金
QualcommはCDMA技術を半導体と携帯電話の両方にロイヤリティを要求している。つまり部品と完成品で2重課金している。
普通ならひとつの特許で2重課金などできるわけがない。携帯電話メーカーだけがロイヤリティを支払うのが通常のケースだろう。
なぜQualcommだけ2重課金ができるのか?答えは巧みな特許戦略にある。
QualcommはCDMAに関する広範な特許を抑えており、半導体の回路設計の特許も取得している。したがってCDMA方式のベースバンドチップを開発するにはQualcomm特許を避けて通れなくなっている。
その結果、携帯電話メーカーはCDMA技術に対するロイヤリティを部品と完成品で2度支払う羽目になる。ロイヤリティが上乗せされたベースバンドチップ(半導体)は割高になってしまう。逆にQualcommのベースバンドチップはコスパが良く見える。
部品と完成品にロイヤリティを2重課金するライセンス戦略はQualcommがベースバンドチップの市場シェアを独占するのに大いに貢献した。
NokiaとEricssonはなぜケータイで負けたのか(3ページ目) - 日経テクノロジーオンライン
QualcommはEricssonやNokiaの特許を半導体で実現する自社特許に置き換えていった。
俺様パテント・プール
QualcommのCDMAライセンス契約ではライセンシーが圧倒的に不利なクロスライセンス契約を強要されている。その結果、CDMA技術に関してQualcommはいわば「俺様パテントプール」ともいうべき独占状態を構築した。
これはくだけていえばドラえもんのジャイアンと同じ。「おまえのものは俺のもの。俺のものは俺のもの」というジャイアニズムである。
どういうことか、具体的に説明しよう。ライセンシーは以下の条件に合意することを強要され、保有する知財は骨抜きにされる。
- ライセンシーが保有する特許をQualcommに無償で供与すること
- 無償供与した特許をQualcommが他の顧客にライセンスすること
- Qualcommの顧客にロイヤリティを請求しないこと
これらの条件はグラントバック条項(Grant-back)ないしReverse patent license(リバース・パテント・ライセンス)と呼ばれている。一般的なグラントバック条項と違い、サブライセンス(再実施権)まで求めてくるのがQualcomm流。
普通なら見返りとしてCDMAのロイヤリティから相殺するものだが、Qualcommは値引きに応じず、あくまで無償供与を要求している。したがって特許を多く持つ日米欧の老舗企業にとっては不利になり、特許が少ない韓国や台湾、中国の新興メーカーにとっては有利に働くことになる。
常識的に考えて、こんな不平等なクロスライセンスは受け入れられないが、それを可能にしたのがQualcommの知財力と交渉力。FRAND宣言のあいまいさをつき、標準必須特許の強みと訴訟もいとわぬ強気の交渉により、ほとんどの企業がQualcommの提示した条件を飲み込んだ。
このようなサブライセンス付グラントバック条項の強要は独占禁止法違反のヤクザ商法だと言わざるをえない。
しかし歴史的な観点で見ると興味深い点も多い。そもそも2Gや3Gなどグローバルな技術標準において、性善説的なパテント・プールの仕組みが成り立たないのは自明だった。
かといって、2GのGMSにおけるモトローラのように中核企業同士でクロスライセンスに持ち込む戦略も問題が多い。特許を持たず排除された企業は市場参入できず自由競争が阻害され、その結果として技術自体の普及も進まないという本末転倒な事態になってしまう。
Qualcommを必要悪として認めてしまえば、それ以外は理想的な競争環境となる。実際、3Gの本格普及にしたがって、モトローラやノキア、ソニー、パナソニックなど大手企業が失速し、携帯電話の業界地図は大きく塗り変わった。これは消費者にとっては良いことだったのだろう。
自由貿易とプロパテント政策のダブルスタンダードを掲げるアメリカ企業から「俺様パテントプール」というスキームが生み出されたのは歴史的必然かもしれない・・・なんちゃって。
グローバルビジネスに活かす英語 - 海外法務・知財編 : 第10話: 中国独禁当局、クアルコムの調査終了 - スマホ特許訴訟が激化?
リベートを悪用したダンピング
Qualcommは自社のモデムチップを購入した顧客に対して、四半期ごとにリベート(販売奨励金)を支払っている。
リベートを支払う条件に関してQualcommが恣意的に操作していると韓国の公取委は指摘している。
また、ロイヤリティの算出基準となる端末価格について、Qualcommのモデムチップのみ部品単価の控除を認め、他社モデムチップを採用した場合は控除を認めないと指摘されている。
このようにリベートを悪用することで略奪的価格設定(predatory pricing)を行っていると批判されている。略奪的価格設定とはダンピング(不当廉売)の一種。競合を排除する目的で意図的に原価割れした値付けをすること。
包括契約で高すぎるロイヤリティ
Qualcommは携帯端末メーカーに対して「端末価格に対し標準料率5%未満」というランニング・ロイヤリティを要求している。これは関連特許を包括的にライセンスする契約で、個別の特許が何円分という計算ではない。
「5%か・・・もっとふっかけてくると思いきや、適正価格かも」なーんて思ったら大間違い。じつはこいつもなかなかエグい。
本来は販売価格の〜%という累積ロイヤリティに上限を設定することで、標準必須特許が膨大になって参入障壁ができることを防ぐ効果がある。しかしQualcommは累積ロイヤリティを隠れ蓑にして、特許リストの提供を拒み、期限切れの特許もロイヤリティ対象としたり、不必要な特許も抱き合わせ販売していると言われている。
もうひとつのミソが端末価格ベースであること。日本のガラケーやスマートフォンのように多機能なハイエンド端末も同じ料率が請求される。電話しかできないらくらくフォンでも、なんでもできるiPhoneでも、CDMA特許の対価として端末価格の5%。これはおかしい。FRAND条件の精神にのっとれば「端末価格の5%もしくは1台あたり10ドルのどちらか安いほう」など定額制と組み合わせた上限(CAP)を設定するべき。
いわば特許の食べ飲み放題プランの押し付け。一見、お得そうだけど、結局は単品で注文したほうが安くあがる、というところもソックリ。
総務省の資料1
MediaFLOの押し売り。
総務省の資料2
Qualcommがロイヤリティの標準料率を回答
CDMA10周年特別企画 日本のケータイの進化を支えてきたクアルコムのワイヤレステクノロジー
包括契約の正当性を主張するQualcommの宣伝記事
2部料金性
Qualcommに支払うロイヤリティは契約時の前払い金(up-front fee)とランニングロイヤリティの2部料金性(two-part tariff)になっている。
ようは賃貸住宅の家賃といっしょ。礼金と家賃がそれぞれ必要。2部料金性自体はよくある仕組み。
強いていえば、ランニングロイヤリティが一切値引きされないことくらいか。本来、有力特許が期限切れになったら値引きされていくものだが、包括契約の隠れ蓑と新しい特許を次々に取得していることから、減額される気配がない。
独占禁止法違反の調査
FRAND宣言した標準必須特許(SEP, Standard Essential Patent)を濫用したQualcommの荒稼ぎぶりは通信業界各社から非難され、世界各国で独占禁止法違反の疑いで調査されることになる。
ここではQualcommの横暴なクロスライセンス契約が明るみにでるきっかけとなった2009年までの独禁法違反の訴訟をソースとしてまとめた。
韓国(2009年〜継続中)
韓国公正取引委員会(KFTC, Korea Fair Trade Commission)は2009年7月23日、クアルコムが独占的地位を濫用しているとし、是正措置と2億8百万ドルの罰金の納付命令を下した。クアルコムは異議申し立てを行い、2016年12月時点でも韓国最高裁で審議中となっている。
KFTCの2009年発表の概要は以下。
①以下の事実を指摘。
- 2008年時点でクアルコムは韓国のCDMAモデムチップで99.4%のシェアがあり、独占企業であることが明白。
- 2002年からQualcommは韓国で98%以上のシェアを維持している。
- 台湾 VIA社や韓国 EoNex社といった半導体メーカーはサムスンやLGのためにモデムチップを開発していたにもかかかわらず、Qualcommの 不公平なライセンス契約と販売手法により参入が阻害された。
②以下の違反行為を指摘。
- 差別的なロイヤリティの設定。クアルコムのモデムチップを使うと(端末価格の)5%、他社のモデムチップを使うと5.75%といったプライシングを行った。
- 他社を排除する特定条件でのリベート(販売奨励金)を設定。85%以上、Qualcommのモデムチップを購入すると購入額の3%をリベートとして還元するなど。
- 期限切れ特許に対するロイヤリティ
③以下の是正措置を命令。
- およそ2億8百万ドルの罰金支払い
- クアルコムのモデムチップを使わない顧客に差別的なロイヤリティを課すことを禁止
- 他社を排除するリベートの禁止
- 期限切れ特許からロイヤリティを請求することを禁止
ちなみにモデムチップをQualcommが独占しているのに、リベートの条件が85%以上なのは謎。おそらくモデムチップ以外にもチップセットをまるごと購入することを要求したのでは?と予想している。
ライセンス契約の研究-クアルコム社韓国独占禁止法事件紹介(二又 俊文)/コラム/東京大学政策ビジョン研究センター
KFTC決定とその影響がわかりやすくまとまった記事
日本(2009年〜継続中)
2009年9月30日に日本の公正取引員会はクアルコムのCDMAライセンス契約を独占禁止法違反と認定し、契約修正するよう排除命令を出した。しかしQualcommは審判請求を行い、2016年12月時点でも審判継続中のため、実質的な措置は行われていない。
2009年の公正取引委員会の発表によると、違反行為として認定されたのはいわゆる「俺様パテントプール」になっていたサブライセンス付グラントバック条項。そして排除措置として、この条項の破棄を命じられていた。
ちなみに2017年1月17日に第29回の審判が公正取引委員会で行われる。
(平成21年9月30日)クアルコム・インコーポレイテッドに対する排除措置命令について:公正取引委員会
公正取引委員会はサブライセンス付グラントバック条項を独占禁止法違反と認定
ニュース - クアルコムが公取の排除措置命令を不服として,取り消しを求める審判請求を申し立てへ:ITpro
Qualcommは即日、審判請求すると発表
欧州(2005年〜2009年)
2005年10月28日、米Broadcom, スウェーデンのEricsson,NEC,フィンランドのNokia(ノキア),パナソニック モバイルコミュニケーションズ(松下電器),米Texas Instruments(TI)の6社はQualcommに対する調査を欧州委員会(EC)に申し出た。
プレスリリースで指摘したQualcommの問題点は以下2点。
- FRAND宣言に反するライセンス契約を強要している
- CDMA2000方式と比較してWCDMA方式でQualcommの特許は少ないにもかかわらず、同額のロイヤリティを要求している。
2007年10月1日、6社の申し立てを受け、欧州委員会は訴訟手続きを正式に開始すると発表。
2007年はQualcommにとって多難な年。Broadcomとの訴訟ではアメリカで独禁法違反が認定された。NokiaとはGSMでもQualcomm特許を主張し、世界各国で消耗戦を仕掛けたが、Nokia有利とする判決が続いていた。
BroadcomやNokiaと泥沼の消耗戦を展開していたQualcommは懐柔策を取り、6社の切り崩しを図る。
2008年7月24日、NokiaはQualcommと和解を発表。ポイントは以下。
- NokiaはGSMでもQualcommの特許が有効であることを認める
- 欧州委員会を含む世界各国の訴訟を取り下げる
- Nokiaは今後も継続してロイヤリティをQualcommに支払う
訴訟では有利に見えたNokiaが和解に応じた理由はなぜか?
まず、Qualcommがライセンス料の値引きに応じた可能性が高い。そしてNokiaにしても訴訟合戦を早期集結できるメリットが大きい。2008年はiPhoneやブラックベリーなどスマートフォンやサムスンの登場で、Nokiaの絶対的地位が揺らぎ始めていたからだ。
Nokiaが取り下げたのちも欧州委員会の調査は継続されたが、2009年11月24日、欧州委員会は6社すべての訴えが取り下げられたため調査の打ち切ると発表した。
Ericssonは「韓国や日本の公取委による調査を受けてQualcommが態度を軟化させた」とコメントしている。つまり、Qualcommは韓国や日本の公取委と控訴審をいまだに続けている一方で、主要なライセンシーとは契約条件の見直しに応じたと推測される。
「QUALCOMMは反競争的」,Ericsson,NEC,Nokia,パナソニックなど6社が欧州委員会に提訴 - 日経テクノロジーオンライン
Leading mobile wireless technology companies call on European Commission to investigate Qualcomm’s
6社のプレスリリース
QUALCOMM Responds to Reports of Complaints Filed by Competitors With the European Commission
Qualcomm反論のプレスリリース
欧州委員会、独禁法違反でQUALCOMMへの正式調査開始 - ITmedia ニュース
European Commission - PRESS RELEASES - Press release - Antitrust: Commission initiates formal proceedings against Qualcomm
欧州委員会のプレスリリース
Nokia、Qualcommに2000万ドルの特許使用料支払い | マイナビニュース
Nokia、Qualcommを逆提訴 - 特許侵害問題は泥沼化の様相 | マイナビニュース
対Nokia特許訴訟でQUALCOMMの主張を退け - 英国高等法院 | マイナビニュース
NokiaとQUALCOMMが和解――特許紛争に幕 - ITmedia ニュース
Nokia and Qualcomm Enter Into a New Agreement | Qualcomm
Qualcomm プレスリリース
欧州委員会、クアルコムの独占禁止法違反に関する調査を打ち切り - CNET Japan
取り下げの理由をコメント
アメリカ(2005年〜2009年)
2005年7月5日、米Broadcom(ブロードコム)は米国の独占禁止法違反でQualcommをニュージャージ州連邦地裁に提訴した。
Broadcomが指摘したポイントは以下。
- FRAND宣言への違反
- 差別的なロイヤリティの設定
- ロイヤリティの2重取り
- 過度に広範囲なクロスライセンス契約
- QualcommのCDMA技術独占によりIS-95(=cdmaOne)方式の携帯電話は価格上昇を招いた。3Gで同じ事態になることを阻止すべき。
Broadcomの主張は理にかなっていると思われたが、まさかの敗訴。2006年9月、連邦地裁はQualcommのライセンス慣行が市場競争を妨害するとの裏付けを行っていないとして、Broadcom側の訴えを退けた。当時からQualcommがFRAND宣言に違反していたのは明らかに思うが、プロパテント政策を推進するアメリカの政治的配慮を感じる。
しかしBroadcom vs Qualcommの戦いはヒートアップし続ける。Broadcomは本件を上級裁判所へ控訴する。さらに同様の訴状を欧州委員会と韓国の公正取引員会にも提出。そしてH.264など映像圧縮技術やBroadcomが保有する特許侵害でも訴訟を起こす。
2007年9月4日、第3巡回控訴裁判所は地方裁判所の判断を覆し、一部審議を差し戻した。判決では、QualcommのFRAND宣言を信じて標準化団体がWCDMAやCDMA2000を規格化したにもかかわらず、FRAND宣言を遵守しないことはシャーマン法2条(Sherman Antitrust Act、独占の企て)に違反すると認定した。
2009年4月26日、BroadcomとQualcommは和解を発表。概要は以下。
- QualcommはBroadcomに8億9100万ドルを支払う
- 両社は国際貿易委員会、米国、欧州、韓国に提出していた訴えをすべて撤回する
- 両社は相互の半導体やサービスに自社特許を主張しない
- BroadcomはQualcommの携帯通信用途(cellular)の顧客に対し、特許権を主張しない
- QualcommはBroadcomの携帯通信以外(non-cellular)の顧客に対し、特許権を主張しない
9億ドル近い大金を支払っておりBroadcomが有利な条件を引き出したように見える。しかしQualcommの生命線といえるサブライセンス付グラントバック条項を死守しており、Broadcomの特許も飲み込んだQualcommの「俺様パテントプール」は一段と強固となった。
ニュース - 米Broadcomが独占禁止法違反で米QUALCOMMを提訴,「CDMA技術/LSIの提供で不公正な活動を展開」:ITpro
ブロードコムの発表資料は削除済み
Broadcomの対QUALCOMM独禁法違反訴訟、棄却される - ITmedia ニュース
ニュース - Broadcomとの特許係争でQUALCOMMに追い打ち,H.264関連特許を主張できず:ITpro
ニュース - 米第3巡回控訴裁,BroadcomによるQUALCOMMの独禁法違反の主張を受け入れ:ITpro
2007年9月の第3巡回控訴裁判所 判決
クアルコム、8億9100万ドルの支払いで和解--Broadcomとの特許訴訟 - ZDNet Japan
クアルコムとブロードコムがついに和解合意、特許契約締結 2009/04/27(月) 22:54:27
Qualcomm and Broadcom Reach Settlement and Patent Agreement | Qualcomm
Qualcomm発表資料
その他のソース
Qualcommのライセンス契約に関するその他のソース。
契約文書例
QualcommとAxesstel社の契約文書の抜粋がアメリカ証券取引委員会(SEC)で公開されている。端末価格基準でライセンス料を課す規定やサブライセンス規定を確認できる。
Subscriber Unit License Agreement