おばかさんよね。

サルでもわかるリチウムイオン電池の値段が下がらない理由

公開日:  更新日: 2017/10/26

これから電気自動車が急速に普及するゾ!という説の前提には「リチウムイオン電池が2025年頃には今の半額くらいに値下がりする」という根拠の薄い仮定がある。リチウムイオン電池の値下がり期待はちょいと楽観的ですぜ、というお話。

韓国勢の価格破壊

ひと昔前に比べてリチウムイオン電池の市場価格がだいぶ安くなった。だからといって過去の下落トレンドが今後も続くだろうという考えはノーテンキ。

だって、ここまで値崩れした原因は後発の韓国勢・中国勢が市場参入するためにバーゲンセールをしたからじゃん?参入障壁が高い自動車用途ならなおさら。サムスンSDIに民生用途を先取されたLG化学は車載用途で活路を切り開く必要に迫られていた。

自動車メーカーの幹部が「近い将来のEV開発を実現するため、バッテリーセルのサプライヤーから戦略価格を入手している」とかなんとか言ってるインタビューを散見するが、そんな直近で技術的ブレークスルーがあるように思えない。是が非でも参入したい韓国勢が鼻息荒く意気込みを語っているだけなんじゃないだろうか。

ケーススタディ:ダイムラーのEV計画とLG化学との提携

独ダイムラー社はコストが見合わないと判断しセルの内製をやめ、LG化学などから調達している。韓国からセルを安く仕入れ、ダイムラーブランドのバッテリーパックに仕立て上げ、外車好きな中国人に売りつける構図となっている。
LG Chem、Siemensと共同で蓄電システム開発、Daimler にリチウムイオン電池供給 - 化学業界の話題
ダイムラーにEV用電池セル供給 韓国のSKイノベーション  :日本経済新聞
LG化学、ダイムラーにEV用電池供給  :日本経済新聞
独ダイムラー、EV電池の新工場 社長「1200億円投資」  :日本経済新聞
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液晶やDRAMとはビジネスモデルが異なる

赤字覚悟の情熱価格をぶちかます参入戦略は韓国企業のお家芸。液晶パネルやDRAM(半導体メモリ)ではこれで日本企業を駆逐せしめた。

液晶やDRAMのような装置産業では設備投資の規模がコスト競争力を左右する。液晶ならマザーガラスが大きいほど、DRAMならプロセスが微細なほど、コストは指数関数的に改善する。こういうスケールメリットが効くビジネスモデルだと韓国企業の参入戦略は理にかなっている。

ところがどっこい同じ電子部品でもリチウムイオン電池は液晶やDRAMとビジネスモデルが決定に異なる。液晶でいうマザーガラス大型化、半導体でいうプロセス微細化のように、スケールメリットが強烈に作用するコスト構造になっていない。

大量生産によるコストダウン効果があるとはいえ、基本的には同じようなコストで戦うことになる。むしろ小よく大を制すということもありえる。投資タイミングを誤って売れない製造ラインを抱えてしまうより、筋肉質に絞った工場で堅実な利益を狙ったほうが賢明かもしれない。

儲からないビジネスばかり獲得して赤字垂れ流し続けていると、どこかしらガタがくる。浮気性な客は離れ、無理なコストダウンのシワ寄せが品質トラブルを誘発する。サムスンSDIは爆発したのがスマホだったのが不幸中の幸い。電気自動車が爆発炎上したらジ・エンド。タカタの二の舞だ。

たしかにリチウムイオン電池でも韓国、中国は驚異的な速さで日本企業にキャッチアップしたが、これから本格拡大する電気自動車市場で同じ戦略は通用しないだろう。設備投資一本槍ではなく、もっと色々な技の使いこなしが必要になる。国家レベルの産業政策、部材調達、価格戦略、製品展開などなど。

値下げ攻撃が封じられた車載リチウムイオンバッテリー市場はさながらミノフスキー粒子がばらまかれた戦場。モビルスーツの性能の差が戦力の決定的な差ではないことを教えてやる!

レアメタルの高騰

これ以上はリチウムイオン電池が価格下落しづらい駄目押しの理由がレアメタルの高騰。

リチウムイオン電池の市場拡大を見越した投機マネーにより、リチウムやコバルトの国際価格が高騰している。リチウムイオン電池の製造コストのうち、材料費が占める割合は超ざっくり6〜8割くらい。地道な改善活動を積み重ねても、材料費高騰で原価低減効果は吹き飛んでしまう。

こんな市況で大胆な値下げ計画を見積もるのは正気の沙汰とは思えない。

電池向けレアメタル、高値続く コバルト2倍 リチウム1割高  :日本経済新聞

バッテリーセルの設備投資はどこも慎重

リチウムイオン電池の製造設備への投資について、バッテリーメーカー各社は市況をにらみながらの慎重な姿勢を示している。テスラ頼みのパナソニックは言うに及ばず、ガンガンいこうぜ作戦のLG、サムスンですら、中国工場がホワイトリスト問題で閑古鳥だという。

補助金がある中国を除き、LG、サムスン、パナソニックといった大手サプライヤーが設備投資に慎重になっているのは、スケールメリットだけでは差別化できないコスト構造に加え、EV市場が話題先行で過熱感があることの証左ではないか。

テスラのボトルネックはバッテリー供給キャパ?

ここらで時事ネタをひとつ。テスラの2017年Q2の販売台数がバッテリー生産の遅れにより見通しを下回った。
Tesla Q2 2017 Vehicle Production and Deliveries (NASDAQ:TSLA)

え?バッテリー?パナソニックのせい?とか疑問が沸き上がるが、テスラのプレスリリースには100kWhバッテリーパックの供給問題としか明らかになっていない。まー、いくら設備投資に慎重とはいえ、パナソニックのセルが不足するとは考えにくく、テスラがセルをパックする工程で問題が起きたのか?

あるいは単にモデル3発売前の買い控えによる販売不振で、そもそも供給問題自体がでっち上げ?さすがにコンプライアンス的にまっかな嘘はつかない?いやいやテスラならありうる??など勘繰りは無限ループ。

とにもかくにも、このニュースを受けてテスラ株は空売りジェットコースターに突入した模様。そしてパナソニック株も連想売りを浴びた。

今後の予想

さーて、そんなこんなで将来のEV向けバッテリーセルの市場価格はどう推移するのか?

ポストLiBは全固体電池が最有力と言われているが、実用化は2030年代ですら夢の話。ポストLiBが実用化されるのはまだまだ先の話であり、2020年代の車載バッテリーの主役はリチウムイオン電池に間違いない。

とはいえ今のところ、大容量バッテリーを搭載する電気自動車は高級車セグメントに限定されている。

しかもリチウムイオン電池は液晶パネルと違って需要の需要価格弾力性がない。液晶は値崩れによってブラウン管からの置換需要が怒涛のように押し寄せた。一方、リチウムイオン電池はEV・HV向けで需要拡大すると期待されているもの、電気自動車は補助金頼みの脆弱な市場に過ぎず、ガソリン車からの置換需要は限定的だ。

1000万台クラブの雄、トヨタとVWが電気自動車に本腰を入れる日がくるまで、リチウムイオン電池はパナソニック、LG、サムスンの鍔迫り合いが続くだろう。小手先のバーゲンセールはあっても、液晶やDRAMのように派手な値下げ合戦はできないはず。

ダークホースは中国企業。巨額の補助金と政府の後押しによって、品質もコストも『でもそんなの関係ねー』と掟破りの戦略に出るかもしれない。

リチウムイオン電池の台風の目は中国市場にあり。

この記事の信ぴょう性

この記事で主張している「リチウムイオン電池の市場価格は当面、高止まりするんじゃね?」という説はおばかさんの当て推量に過ぎない。むしろ「リチウムイオン電池は値崩れ段階に入り、これからどんどん値下がりしていく」という主張が通説なのでご用心。

とはいえ『偉い人が下がると言っているから下がる』という小学生並の根拠しかない話なのである。通説は通説として大切だが、理詰めでいくと逆説にも一理あるのだ。