おばかさんよね。

中国のNEV規制は巨大な釣り針。着々と進むリチウムイオン電池の内製化。

公開日:  更新日: 2017/10/08

「黒い猫でも白い猫でもネズミを捕るのが良い猫だ」ーー鄧小平のこの言葉は、中国の自動車産業を読み解くキーワードだ。

いまや世界最大の自動車市場となった中国で、2018年のNEV規制が電気自動車普及の起爆剤になると言われている。世界中の自動車メーカーがこのビッグウェーブを逃すまいと野心的なEV戦略を打ち出している。

しかし、中国がこの巨大市場をたやすく外資企業に開放するわけがない。NEV規制を契機に、市場参入のハードルはさらに引き上がるはずだ。

市場参入の見返りに技術供与を求め、世界のトップ企業にいち早くキャッチアップすること。そしてゆくゆくは世界の電気自動車市場で覇権を握ることを中国は狙っている。

後発の中国が世界の電気自動車市場で覇権を握るために不可欠なのが車載用リチウムイオン電池の内製化だ。EVバスを皮切りに着々と車載バッテリーの外資排除が進んでいる。

リチウムイオン電池といえばパナソニックやLG化学など日韓企業の技術が必要不可欠だと思われたが、中国には第三のパートナーがいる。それはドイツ。

2017年5月、中国はフォルクスワーゲンの3社目の合弁企業を認可したと発表した。これまで合弁先は最大2社までに規制されていた。異例の許可が下りた背景にはEVを巡る中国とドイツ企業の思惑がある。

ドイツと中国の連携戦略は別の機会に触れるとして、この記事では中国市場におけるリチウムイオン電池の外資規制に関する事例を紹介する。

EVバスのリン酸鉄リチウム規制

2016年2月、中国政府は三元系正極材を使ったリチウムイオン電池は安全性に問題があるとし、EVバスの補助金対象はリン酸鉄リチウム(LFP)バッテリーに限定し、それ以外のバッテリーを採用した場合は補助金を打ち切ると電撃発表した。
韓国製バッテリー搭載の電気自動車だけ差別する中国

たしかにリン酸鉄リチウムは安全性が高いが、反面、エネルギー密度が低くてかさばる。なにより特許が厄介。カナダのハイドロケベック社が有力特許を抑えている。ただこれらの事情は中国地場メーカーにはかえって好都合。製造技術レベルが低くても比較的安全な電池を作れるし、中国ではハイドロケベック社などリン酸鉄リチウムの主要特許が無効化されている。
外国側のリン酸鉄リチウム関連特許に対して無効審判請求

リン酸鉄リチウムに限定された結果、EVバス補助金支給対象となる電池メーカーは中国企業のみとなった。三元系のLG化学、サムスンSDI、パナソニックの電池では補助金が支給されない。

EVバスなんてほんの一部でしょ?と思ったら、さにあらず。EVバスは中国の電気自動車市場の約40%を占める最重要車種。しかもEVバス補助金は車両価格の最大80%も支給される。

韓国は三元系への補助金再開するよう外国ルートを通じて要求。中国政府は検討に前向きな姿勢を示していたが、2016年7月、三元系は安全性に問題があるとの見解を再び示し、お茶を濁している。
中国「三元系バッテリーを新基準設けて審査」…納品再開期待のサムスン・LGは当惑

おばかさんの意見

EVバスのリン酸鉄リチウム規制はいくらなんでもヤリ過ぎだと非難されているが、それだけ中国政府はバッテリー産業を重視しているということ。EV製造コストの半分以上がリチウムイオン電池だと言われている。バッテリーを制する者が電気自動車を制するといっても過言ではない。

韓国のTHAADミサイル配備に対する報復措置だという見解もあるが、それよりも中国企業を保護する目的が強いと見ている。LG、サムスンを困らせたいならパナソニックに補助金を出すことが一番効くはずなのに、その手は取らなかった。「補助金が欲しいなら見返りとして中国企業にもっと技術供与せよ」というメッセージの暗示ではないか。

NEV規制におけるリチウムイオン電池のホワイトリスト問題

2018年開始予定のNEV規制でも「リチウムイオン電池のホワイトリスト問題」が炎上中。ホワイトリストとは中国政府が許可したリチウムイオン電池を使わないとNEV補助金が支給されない、という規制だ。

ホワイトリストの認証条件は不透明で保護主義的と言われている。2017年7月時点でホワイトリスト登録された57社はすべて中国系。パナソニック、 LG化学、サムスンSDIの業界トップ3社はいずれも未承認。

ホワイトリストの認証条件

中国に工場を設置することなど最低限のガイドラインが示されているが、すべての条件が明文化されているわけではなく、認証されるかは中国政府の意向次第。
LGとサムスン、中国のバッテリー認証で脱落…中国事業に赤信号

ホワイトリストの認証を受けた電池メーカーは中国 工業和信息化部のHPで確認できる。2016年7月に第4回目の認証メーカーが発表された。韓国ウェブニュースが米系と報じたマイクロバスト社の経営陣は中華系。

ガイドラインは「動力電池業界規範条件」として公開されている。ネットに転がっていた日本語訳もある。規範条件は頻繁に更新されていて、認定条件の生産能力を引き上げる等、清算主義的政策で国内企業の競争力を高めようとする考えも垣間見える。
EV電池の国家基準、参入条件を引き上げへ

NEV規制とは?

NEV規制(New Energy Vehicle, 新エネルギー車)とは中国が2018年から導入する補助金と規制スキームの総称。

NEV規制について、一般によく知られた説明はこうだ。中国のNEV規制はテスラのお膝元、米カリフォルニア州のZEV規制(Zero Emmision Vehicle, 排ガスゼロ)を真似しており、自動車メーカーにEV/PHEVの一定数販売を義務付ける。目標未達の自動車メーカーは排出権クレジットの購入という実質的な罰金が課せられる。一方で、これまで支給していた補助金は段階的に縮小し、2020年までに終了予定。補助金と罰金というアメとムチで中国は世界イチのEV先進国になる!という戦略だそうな。

おばかさんの意見

上から目線でズバリ言うと、補助金だろうと罰金だろうと効果は同じ。アメリカのZEV規制に近いというキャッチフレーズでポジティブな印象を誘いがちだが、本当に重要なのは公平性だ。

何を隠そう「公平性」こそ、中国政府が補助金から排出権クレジットにシフトする真の狙いだと邪推している。これまでの政策では、同じスペックの電気自動車だったらトヨタだろうと中国BYDだろうと同じ補助金額を支給していた。それが排出権クレジットになるとトヨタには罰金、BYDには補助金、という差別的な措置が中国政府のさじ加減ひとつで可能になるからだ。

排出権取引自体は環境税とならんで環境経済学で注目されているスキームだが、最初の排出枠(キャップ)の決め方が課題だ。『ダチョウ倶楽部』と『熱湯風呂』を組み合せたら上島竜兵がドボンするように、『中国政府』が『排出権取引』を打ち出したら非関税障壁となるのがお約束。

今後の予想

リチウムイオン電池のホワイトリスト問題はチキンレース。中国政府からすると、粗悪なバッテリーによる信用失墜は避けたい。LG化学、サムスンSDI、パナソニックからすると、中国市場の需要は喉から手が出るほど欲しい。

中国政府と日韓企業、先に譲歩するのはどちらだろうか?

中国政府は強気のはずだ。EVの安全性はリチウムイオン電池のセルだけで担保されているわけではない。ドイツの自動車メーカーと提携し、中国製バッテリーセルでも安全に使いこなすノウハウがあるかもしれない。

とすると先に譲歩するのは日韓企業のはず。

ではホワイトリスト一番乗りするのは誰か?

おばかさん的には最有力なのがパナソニック、次がサムスンSDIと予想。パナソニックはテスラで協業しており、オープン&クローズ戦略に長けている。サムスンSDIも中国 BYD社に出資しているが、サムスンは中国企業と競合関係になりやすい事業領域が多い。

筆の勢い任せで書きつづったが、つまるところ、「黒い猫でも白い猫でもネズミを捕るのが良い猫」だ。カギは技術供与の決断力。