テスラが世界初の完全自動運転を実現できる秘密はNVIDIAのディープラーニング技術にある
イーロン・マスクがTwitterでテスラの完全自動運転のリリースを「たぶん3ヶ月以内、遅くても6ヶ月以内には絶対に間に合う」とカジュアルに発表したことが話題になった。
賢明なる読者諸氏なら、ペイパルマフィアの出世頭であるイーロン・マスクは大風呂敷を広げる癖があり、テスラ(Tesla)の自動運転技術の鍵を握るイネーブラ(enabler)はNVIDIA社であることは百も承知であろう。
NewsPicksやはてブでは「テスラの完全自動運転がそんなに早くリリースされるわけがない」と懐疑的なコメントも多かったが、NVIDIA(エヌヴィディア)のディープラーニング技術を理解していれば、イーロン・マスクがどれだけ自信を持って宣言しているのかが分かるだろう。
というわけでテスラの完全自動運転技術の種明かしとNVIDIAの車載戦略を解説しやす。
テスラのニュース
バズりのきっかけはイーロン・マスクのTwitter。
@tsrandall 3 months maybe, 6 months definitely
— Elon Musk (@elonmusk) January 24, 2017
「Full Self-Driving Capability(完全自動運転)機能はいつになるの?」という質問に対し、イーロン・マスクが「たぶん3ヶ月、遅くても6ヶ月以内には絶対に間に合う」 と2017年1月23日に返信した。
イーロン・マスクの当該ツイート
テスラの自動運転の秘密
テスラの自動運転機能のロードマップは、じつはNVIDIAのDRIVE PX2プラットフォームとほぼ一致している。
つまり、テスラの完全自動運転はNVIDIAの技術をいち早く採用したことで実現しているのだ。
NVIDIAはどこがそんなにすごいのか?
何を隠そう、NVIDIAは世界最高性能のGPUとディープラーニング技術を組み合わせることで、完全自動運転を驚異的なスピードで開発することができる唯一の企業なのだ!
テスラの自動運転の特徴
テスラの特徴は「HW2」と呼ばれる自動運転に必要なハードウェア(カメラ、ミリ波レーダー、プロセッサ等)をすでに車両に搭載していること。
すでに発売中の車両もソフトウェアをアップデートするだけで自動運転機能を追加できるという思いきり先進的なシステムになっている。
箱だけ先に作ってサービスを後付にするという発想は、系列メーカーとのすり合わせを重視し、DRBFMなどヒステリックな検証を繰り返し、石橋を叩き壊して渡るトヨタには真似が出来ない芸当だろう。あっぱれ、テスラ。
HW2のスペック
HW2の特徴はかなりカメラに依存するシステムとなっていること。コストが合わないLIDARなぞ思い切って捨てて、ミリ波レーダーも前方のみ。
晴れた日しか使えない自動運転なんて、と思うのは日本的発想。シリコンバレーは快晴が多い。雨だったらタクシーもといUberに乗ればよいのだから。
真面目な話、NVIDIAのディープラーニング技術がカメラの映像から学習するシステムであることにも由来していると思われる。
テスラ HW2の諸元は以下。
- 360℃の視界と最大 250mを監視する8つのサラウンドカメラ
- 前方に単眼とステレオの計3つのカメラ。
- 前方のメインフォワードカメラは広角で最大150mまで監視
- 前方のナローフォワードカメラは狭角で最大250mまで監視
- 12個の超音波センサー(クリアランスソナー)で測距&カメラをアシスト
- 周囲8m以内の障害物を測距可能
- 1個の前方ミリ波レーダー
- 最長160mのターゲットを検知可能
- 濃霧や雨などカメラの視界が悪い状況をアシスト
- 車載人工知能(AI)エンジンにNVIDIAのDRIVE PX2を採用
DRIVE PX2
ちょっと分かりづらいのがDRIVE PX2の正体。
こいつは複数のParkerプロセッサ(Tegra X1後継)を搭載した車載向けコンピュータモジュールだ。
DRIVE PX2は3つのラインナップがあるが、テスラのHW2では最上位グレードのFull Autonomyが採用されていると思われる。
テスラ向けに若干のカスタマイズされている可能性もある。
DRIVE PX2 Full Autonomyの諸元は以下。
- 2枚基板構成
- トップ基板に2つのParkerプロセッサ(CPU+GPU)
- ボトム基板に2つのParker世代Pascal GPU(CPUなし)
- CPUは合計12コア
- 20 DL TOPS
- 80ワット
- 12系統のカメラ入力
テスラのロードマップ
テスラはHW2で実現する自動運転を3段階に分けたロードマップを示している。
Standard
発売当初から使えるデフォルト機能。大した事ない。
Enhanced autopilot
2017年1月22日にリリース。OTAで配信される予定。
高速道路での自動運転。かなり複雑な車線変更ができる。高速道路から一般道への乗り降りも自動化したのが目玉機能。
Full Self-Driving Capability(フル自動運転)
いわゆる完全自動運転。
イーロン・マスクが数ヶ月以内にリリースするとTwitterで発言して話題になったのがこいつ。
NVIDIAの車載戦略
それではお待ちかね、NVIDIAの車載戦略の解説。
NVIDIAだけの強み
自動運転技術におけるNVIDIAの強みはOne-architecture、つまりスーパーコンピュータ向けプロセッサと同一アーキテクチャで車載SoCを提供できること。
なぜそれがすごいのか?
膨大な車載カメラの映像をスーパーコンピュータでディープラーニングさせて開発した自動運転アルゴリズムを、人の手をまったく加えずに、車載SoCに移植することが可能になる。
世の中にGPUメーカーはいくつかあれどこのエコシステムを持っているのはNVIDIAだけ。
スーパーコンピュータを搭載した開発用車両で、熟練ドライバーの運転スキルを教師あり学習モデルでディープラーニングしていくと、あっという間に人工知能が運転スキルをコピーできてしまうという末恐ろしい技術なのだ。
DRIVE PX2
自動車向けAIエンジンのDRIVE PX2プラットフォームは自動運転レベルに応じて3モデルを展開している。
これはテスラのロードマップの分け方とほぼ一致している。
AutoCruise(高速道路自動運転)
高速道路限定の自動運転。
1個のTegra Parker SoCで実現できるお手軽コース。
AutoChauffeur(2拠点間自動運転)
2個のParker SoCで実現できる特定条件での自動運転。
Full Autonomy(完全自動運転)
4つのParkerチップで実現するハイエンドモデル。
XAVIERでASIL D対応
最新のTegraプロセッサ「XAVIER(エグゼビアと読ませている。ザビエルじゃないよ)」では自動車用機能安全規格 ISO26262にも対応している。
XAVIERチップ単体でASIL Cに、XAVIERチップを搭載したDRIVE PX2後継モジュールは最高ランクのASIL Dに対応しているとCESの講演で発表している。
いわゆるASILデコンポジションってやつですな。
いやはや、NVIDIAさん、車載に本気出してきましたよ。まさに黒船来襲。トヨタ幕府の鎖国体制で生き残ったルネサスさんはどうするのでしょうか。無血開城でしょうか。
テスラの弱み
テスラのブランドイメージはマッスルEVから自動運転のパイオニア的な立ち位置にシフトしているように見える。
しかし自動運転は意外と真似しやすい分野。
極端にいえば、自動運転の技術はNVIDIA DRIVE PX2を使えば誰でも実現できる。現にBMWやメルセデス・ベンツ、Audi、VOLVO等名だたる海外メーカーがNVIDIAと提携して、自動運転車を開発すると発表している。
日本メーカーはまだまだ慎重姿勢だが、NVIDIAは日本車メーカーとも水面下で開発提携を進めているという。ホンダや日産あたりが名乗りをあげる日も近いかもしれない。
機械学習とディープラーニングの用語解説
専門用語のちょいとした補足。
教師あり学習
NVIDIAの自動運転開発の中核は教師あり学習モデル。
熟練ドライバーのアクセル・ブレーキ・ステアリング等の操作を人工知能がカメラの映像を見ながら学習していく。
刻々と変化する状況でもプログラムを書き直さずに、ふつうに運転していくだけで洗練されたアルゴリズムが完成する。
ただし完全にブラックボックスのアルゴリズムなので、ホワイトボックスのアルゴリズムで縛るなど工夫が必要になる。
強化学習
人工知能が自分で試行錯誤して学んでいくモデル。
複数台のミニカーを走らせたとき、最初はぶつかりまくってたのが、徐々にぶつからなくなるデモがこのタイプ。
ドワンゴの川上会長が宮﨑駿監督に見せて怒られた、へんちくりんなゾンビも強化学習。
自動運転のようにミッションクリティカルな用途で使える信頼性の高いアルゴリズムを完成させることが難しいのが課題。
GPUで高速化
カメラ映像からディープラーニングする場合、GPUはCPUより大幅に高速化できる。
CPUの王者インテルが苦手とする分野をズバリのタイミングでNVIDIAが射抜いた形だ。