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マーケティング

GSMがグローバルスタンダードになった理由

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2G(第二世代移動通信)の規格競争で一番の勝ち組が欧州発のGSM。米国や日本に対抗する大きな野望を秘めたプロジェクトだった。

オープン&クローズ戦略

GSMのミソはオープン&クローズ戦略。

  • オープン戦略
    • 欧州統一規格をつくる。統一規格のメリットはふたつ。
      • グローバルローミングが可能になり、国境を超えた欧州共同体が活性化する。
      • 巨大市場がビジネスチャンスをもたらす。
  • クローズ戦略
    • 巨大市場の利益を欧州企業で囲い込む。エレクトロニクス業界で勢いを増す米国や日本企業に対する参入障壁を意識していた。

GSMはコモディティ化しやすい携帯端末の通信仕様をオープン化して普及促進する一方で、基地局や交換機の上流ネットワークは仕様をクローズ化した。

GSMの根底にある思想は汎ヨーロッパ主義。欧州統合の歴史と同時並行的に進化していった。

補足

グローバルローミング(国際ローミング)=海外でも国内と同じ携帯電話が使えること。当時は国をまたいで使えないのが当たり前だった。

ボトムアップ・アプローチ

GSMはボトムアップ・アプローチで標準化が進められた。民間企業が主導して実用的なプラットフォームをスピーディに実現できた。一方、日本は郵政省とその天下り先のNTTがトップダウンで規格策定していた。

オープン&クローズ戦略

1982年、CEPTが欧州共通の携帯通信帯域として800MHz帯を指定。2Gの規格策定がやんわりとスタート。

CEPT=欧州郵便電気通信主管庁会議、European Conference of Postal and Telecommunications Administrations。ヨーロッパ各国の郵政省による団体。お役所仕事で仕事は遅かった。1982年以降もしばらくはそれぞれの国で好き勝手な規格で1G(アナログ方式)の普及が進められた。GSMの検討が再開するのは1985年から。

1987年、欧州の通信キャリア各社がコペンハーゲン会議でGSM MoUを締結。GSMの開発とサービス開始に合意した。

GSM MoU=MoUとはMemorandum of Understanding、覚書のこと。1987年5月のボン会議でイギリスからの提案による。のちにGSM associationの設立につながった。

詳細な仕様策定(1988年〜)

1988年、標準化団体 ETSI(European Telecommunications Standards Institute,欧州電気通信標準化機構)が発足。欧州統一規格としてGSMを標準化する動きが本格化する。ETSI設立以前は欧州も日本と同じように電電公社(PTT、Public Telegraph & Telephone Company。もはや死後)とファミリー企業が好き勝手に規格を決めていた。

ETSIは通信キャリアや電機メーカーなど民間企業も参加したことが特徴。

1992年にドイツで最初のGSMサービスが開始され、 92年以降も毎年のように規格拡張が行われていく。

モトローラの参入戦略

1980年代のテレコム業界では必須特許(Essential Patent)は無償提供(ロイヤリティフリー)が常識だった。

ロイヤリティフリーは一流企業のプライドをかけた紳士協定であり、特許収入がなくても電電公社とファミリー企業の主従関係によって経済的な報酬も約束されていた。

そんなのんびりした業界に特許を武器に殴り込んできたアメリカのモトローラ。アメリカで鍛えられた知財戦略を駆使してGSM(欧州)市場への参入をはかった。

欧州企業はロイヤリティフリー前提で特許取得に消極的だったスキを突き、モトローラはGSMの標準必須特許をばんばん取得。

1988年にGSM MoUは通信機器メーカーに必須特許をRAND条件で提供するように求めたが、モトローラは拒否した。ノキアやエリクソンといった有力特許を持つ企業とのみクロスライセンス契約を結んだ。

この知財戦略によりモトローラはGSM市場への参入に成功する。

ちなみにGSMで大躍進したモトローラはスマホ時代になると失墜。グーグル、そしてレノボへ身売りされるオチとなる。

モトローラしかり、クアルコムしかり、せこいことをする企業は長続きしないと勧善懲悪な結論を持ってきたいところだが、親方NTTに忠義を尽くしたNEC、富士通、沖電気のほうが悲惨。鎖国乙。

GSMの参入障壁

米国や日本企業にとってGSM市場には2つの大きな参入障壁があった。

特許の壁

参入障壁のひとつが特許。

モトローラ、エリクソン、ノキアなどGSM規格策定に携わった企業グループはお互いにクロスライセンス契約を締結したが、**GSMの特許を持たない企業は馬鹿高いロイヤリティの支払いを求められた。

非公開仕様の壁

もうひとつの参入障壁がインフラ部分のクローズ仕様。

インフラ部分=基地局や交換機ではクローズ仕様が残された。その結果、欧州企業以外が基地局、交換機に参入できないだけでなく、規格に完全準拠した携帯端末をつくることも難しかった。

その結果、日本企業はGSM市場にほとんど参入できなかった。GSMが成熟してからも高付加価値な部分はエリクソンやノキア、モトローラの寡占が続き、安物端末はサムスンなど新興メーカーに太刀打ちできなかった。

北欧企業が強い理由

北欧・ロシアでは運転中に雪で閉じ込められる危険があり、自動車電話の需要がとても高かった。その結果、緊急通報用途として第1世代移動通信の技術開発が進んだ。

当時、スウェーデンのエリクソンやフィンランドのノキアの開発したNMT方式がGSMのベースとなっている。

欧州編(1)EUが大きな役割を果たす欧州携帯電話市場 - WirelessWire News(ワイヤレスワイヤーニュース)

参考

GSMの標準化プロセス
GSMの特許問題
GSMのアーキテクチャ
英文:GSMの標準化プロセスと知財問題

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